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大分家庭裁判所 昭和51年(少ハ)4号 決定 1976年10月20日

少年 D・N(昭三〇・一〇・九生)

主文

本人を昭和五二年一月二一日まで継続して特別少年院に収容する。

理由

1  本件申請の理由は大分少年院長作成の「保護少年の収容継続決定の申請について」と題する書面に記載のとおりであるからこれを引用する。

2  少年調査記録および審判の結果によれば以下の事実が認められる。本人は昭和五〇年一〇月六日特別少年院送致の決定を受けて同月九日から大分少年院に収容され、同日成人に達したのでその後は少年院法一一条一項但書により、昭和五一年一〇月六日以後は同条七項の規定により収容されている者である。本人は、入院後二級上に進級、無事故賞一二週を得て昭和五一年一月二九日迄概ね順調に過していたが、同日少年時代の余罪により那覇地方裁判所コザ支部の逮捕状を執行され、同年六月二日沖縄少年院に書類上移送され(身柄は沖縄刑務所に勾留)て同年七月二六日那覇地方裁判所コザ支部において懲役一年六月執行猶予四年の判決を受け、同日沖縄少年院に収容され、同年八月三日大分少年院に復院してきたもので(編注、この間の少年の身柄関係については、後掲昭和五〇年少第六〇六号窃盗保護事件の経過一覧(抄)参照)、逮捕状の執行から同日迄の約六ヶ月間矯正教育が中断されていたために、右中断期間の半分三ヶ月を少年院長の裁量により在院期間と見做されても、なお通常の処遇経過を辿ると満期退院は昭和五二年一月二一日頃になるものである。本人は大分少年院に復院後も大過なく過しているが、依然として自己統制力、内省力、自主性に欠け、今後とも内観を中心とした精神面の指導が更に強く望まれるところである。幸い本人は前記沖縄での勾留中、既決囚の生活を見、自らも未決囚としての生活を体験し、少年院において教育を受けられることを心から良かつたと思つており、少年院の処遇を積極的に受け入れていこうとする心構えができている。

3  以上の事実および本人の少年時代の度重なる非行の繰り返し、現在執行猶予期間中であることなどを考えれば、この際、少なくとも満期と予定されている昭和五二年一月二一日まで更に充実した矯正教育を継続し、規範意識を植えつけ、できれば社会復帰のための技術も身につけさせ、両親の庇護なくしても自立してゆけるだけの力を養うことが必要であると考える。

よつて、本件申請は相当であると認め、少年院法一一条四項により主文のとおり決定する。

(裁判官 兒嶋雅昭)

参考 少年調査記録経過一覧(抄)

年月日

事項

認印

備考

認印

50.12.11

2級上に進級

本科(二学寮・農業)編入

51.1.8

51.5.31移送認可申請

無事故賞12(週) 褒賞点5点

51.5.31移送認可 (冲縄少へ)

51.1.29

冲縄県コザ警察署

那覇地方裁判所コザ支部の逮捕状による出院

○○巡査部長執行

51.6.2

51.4.3

身柄を伴わない書類上のみの移送(大分少年院から冲縄少年院へ)

公判の結果、釈放される場合の身柄確保のため

少年調査記録送付 大分少年院

那覇家裁コザ支部へ

51.4.6

少年調査記録受理

那覇家庭裁判所コザ支部

51.4.13

少年調査記録送付

那覇地方判所コザ支部へ

那覇家庭裁判所コザ支部

51.6.29

少年調査記録受領

那覇家庭裁判所コザ支部

51.7.2

少年調査記録返還

冲縄少年院へ

那覇家庭裁判所コザ支部

51.7.2

記録受理(冲縄少年院)

公判継続中(別件逮捕状執行)につき

身柄なしで書類のみの受送。

7.26

身柄受領(懲役1年6月 執行猶予4年)

(冲縄刑務所より)

51.7.26

移送申請 冲縄少年院

51.7.28

移送認可

51.8.3

大分少年院へ移送

記録送付 冲縄少年院

51.8.3

少年調査記録受理

大分少年院

51.8.3

入院 考査寮収容

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